岡田劇場(懐かしの宮城県)

岡田劇場は宮城県石巻市にあった歴史ある映画館です。建物自体は東日本大震災時に被災してしまい今はありません。
石ノ森章太郎先生が少年時代に映画を観て感性を育んだ場所の一つです。その影響は後の作品づくりにも活かされ、石巻に建つ石ノ森萬画館へとつながっています。
劇場は失われても、文化と創作の記憶は今も地域に生き続けています。


ねえ地蔵さん、石巻にあった「岡田劇場」っていう映画館、知ってる?最近、ちょっと気になって調べてたんだけど、もう閉館しちゃってるんだよね。でも、すごく味わいのある場所だったって聞いたの。どんなところだったの?

はい、岡田劇場は石巻市中瀬にあった、とても歴史のある映画館です。もともとは明治時代に芝居小屋として始まり、戦後に映画館として再建されたんですよ。木造の建物で、どこか懐かしい雰囲気がありました。石巻の人々にとっては、日常に根ざした文化の拠点だったのです。

へぇ、そんなに歴史があるんだね!それに、芝居小屋から映画館に…って、ちょっとロマンチックだなあ。でも、やっぱり経営が大変だったのかな?何か支える動きとかってあったの?

ええ、ございました。1999年には「岡田劇場がんばれ会」という市民団体が結成されまして、劇場を守ろうと活動していました。この会では、上映会を定期的に開いたり、『岡田劇場一五〇年』という冊子を作成したりして、劇場の文化的価値を広く伝えていました。こうした草の根の運動が、劇場の命を長らえる大きな力となっていたのです。

「岡田劇場」なんだけど、調べてたら石ノ森章太郎先生とも関係があるって見かけたの。それって本当なの?

はい、本当です。石ノ森章太郎先生は、宮城県登米市のご出身ですが、若い頃から石巻市にも縁がありまして、岡田劇場にはよく通っていたそうです。少年時代の彼にとって、あの劇場は映画の世界に触れる大切な場所だったんですね。

へぇ〜、あの石ノ森先生が!仮面ライダーとかサイボーグ009とか、ああいう作品の原点が、もしかしたらあの劇場にあったのかもって思うと…ちょっと感動しちゃう。

ええ、岡田劇場は、彼の創作の根っこにある“物語へのときめき”や“映像への情熱”を育てた場の一つと言われています。そしてそのご縁もあり、石巻には「石ノ森萬画館」が開館したのです。劇場があった中瀬に、先生の世界観を再現した記念館が建つというのは、非常に象徴的なことですね。

なるほどねぇ…。まるで映画館の灯が、今度はマンガという形になって灯り続けてるみたい。そう考えると、岡田劇場がただの昔の映画館じゃなくて、石ノ森作品の源流にもなってるってことだよね。

そうですね。文化は、誰かの心に根を張り、時を超えて新たな形で花を咲かせます。岡田劇場と石ノ森先生の関係は、まさにそうした文化の継承の一例でしょう。

なんだか、地元の人たちの思いがすごく詰まってる感じがするね。それだけみんなに愛されてたんだね。でも、震災で全壊しちゃったんだよね…その後は、どうなったの?

はい、2011年の東日本大震災で、建物は全壊してしまいました。しかし、それで終わったわけではありません。劇場を運営していたオカダプランニングは、不定期ながら移動映画館として巡回上映を始め、映画を届ける活動を行っていました。映画を通じて、再び人と人がつながるきっかけを作ろうとしたのですね。

それって、すごくあたたかいね…。建物がなくなっても、映画で皆を支えてくれたんだね。

その通りです。岡田劇場は、単なる映画館ではなく、石巻という街の記憶と人々のつながりの象徴でした。たとえ建物がなくなっても、その精神は今も生き続けているのです。

全国の映画館数がピークの1960年代には石巻市の映画館は岡田劇場を含め7館あり、宮城県内では仙台市の次に多い二番目でした。
石ノ森章太郎先生の生家は登米市、登米市から石巻まで二時間かけて自転車で映画を見に来ていたそうです。
前の旅は↓ココだよ